知的財産権入門 レジュメ

§ 民法 −民法の基礎概念−

0 はじめに

0-1) 民法とは

憲法と異なり、民法は私人間の紛争を解決するための私法である。我々の日常生活に密接に関わる法律なのだが、法技術的な概念が多く、とっつきにくい。つまり、「表現の自由」とか「学問の自由」など、理解しやすい概念を使っている憲法に対して、民法では、「不当利得」、「行為能力」など、用語自体から意味を推定できないテクニカルタームが多い。さらに、条文数も1000を超える膨大なものであるにもかかわらず、一つの事案解決に、方々から条文を引かなければならない点で、マスターするのに時間がかかるのである。

ただ、知財法は、民法の特別法としての性格もあるため、特別法に漏れている解決方法は、民法を使うことになる。知財法の試験でも、民法の知識は必須となる。

そこで、今回は、民法のなかで、もっともイメージのしやすい「不法行為法」と、イメージはしにくいが、重要であるため親しんでいてほしい「契約総論」について、話をしたい。

0-2) 法律要件と法律効果

たとえば、小学校で子供がけんかをしたとする。先生が、自分のモラルによって判断し、生徒に対する指導権限に基づいて、一方に対して「あなたが謝りなさい」(謝罪も法律効果のひとつにある)と指示したりする。

たしかに、この先生の立場を、一般社会では裁判所が代行することになる。

しかし、先生が、自分のモラルを基準としたのに対して、国民どうしの紛争解決は、ある意味で技術的になされる。すなわち、客観的な事実が、法律要件にあてはまれば、規定された法律効果を生じさせる、と考える。私法では、憲法のように、抽象的に権利を宣言したりすることはせず、要件→効果の図式の機械的な繰り返しである。

1 不法行為法

1-1) 「第五章 不法行為」 条文 (抜粋)

709条  故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。


この709条が、不法行為のもっとも基本的な条文である。以降の条文は、709条の内容を詳細に規定したものといえる。たとえば、710条では、慰謝料を規定し、711条では、被害者だけでなく、被害者の親なども損害賠償をすることができると、請求主体を拡大している。

710条  他人の身体、自由若しくは名誉を侵害した場合又は他人の財産権を侵害した場合のいずれであるかを問わず、前条の規定により損害賠償の責任を負う者は、財産以外の損害に対しても、その賠償をしなければならない。

711条  他人の生命を侵害した者は、被害者の父母、配偶者及び子に対しては、その財産権が侵害されなかった場合においても、損害の賠償をしなければならない。


また、722条2項では、過失相殺を規定する。

722条 2  被害者に過失があったときは、裁判所は、これを考慮して、損害賠償の額を定めることができる。


さらに、724条では、損害賠償請求権には、時効があることを規定する。民法の請求権には、時効が規定されることが多いが、それぞれの条文で規定の仕方が異なる。したがって、どの法律構成を使うかによって、請求できたり、できなかったりすることがありうる。

724条  不法行為による損害賠償の請求権は、被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時から3年間行使しないときは、時効によって消滅する。不法行為の時から20年を経過したときも、同様とする。

1-2) 不法行為の要件論
1-3-1) 成立要件と成立阻却要件

不法行為が成立するための要件は、通常4つあるといわれる。

@ 故意・過失    「故意又は過失によって」

A 権利侵害(違法性)「他人の権利又は法律上保護される利益を侵害」

B 損害の発生    「生じた損害」

C 因果関係     「によって」


@〜Cにすべてあてはまっても、次のD〜Fのひとつに当てはまれば、不法行為責任は生じない。

D 加害者の責任無能力  712、713条

E 正当防衛、緊急避難  720条

F その他の成立阻却事由 (正当業務行為など)

1-3-2) 過失責任の原則

不法行為法の勉強は、上の要件にかかわる論点をひとつずつ検討していくことになる。ここでは、時間がないので、ひとつだけ、@の要件にかかわる「過失責任の原則」についてのべる。

民法は、結果責任を追求する、という立場をとらない。すなわち、「お前のしたことが原因で不始末が起きたんだ。つべこべ言わずに責任を取れ」という論法はとらない。いいかえれば、「お前のしたこと」が、(いわゆる)正しい・まっとうなことなら、責任はないとした。

古代のローマ法では、無過失責任がむしろ原則であった。では、近代の民法がなぜ、ローマ法とは異なり、過失責任主義をとっているのか。

思うに、自分の行為が損害と因果でつながっていれば、すべて責任を問われるというのであれば、恐ろしくて自由な活動などできなくなる。

つまり、過失なければ責任なしという過失責任主義の意義は、個人の自由な活動の保障という点にある。

ただ、他人に損害を与える危険の大きい活動については、特別法で無過失責任もとられている。これは、「利益のあるところに、損失も帰せられるべき」という「報償責任」の考え方によって正当化される。たとえば、公害、自動車事故などである。工場が、新技術によって利益を得ているのだから、工場が出す汚染被害について、工場の過失が立証できなくとも、賠償責任を負うべきだ、というのである。

 

1-3) 不法行為の効果 - 金銭賠償の原則

民法では、原則として、金銭賠償の原則を定めている(722条1項・417条)。たとえば、殴られてけがをした場合、加害者に対して、「カネはいらんから、殴らせろ」ということは、法律の世界ではできない。カネで始末をつけることしかできない。

ただ、名誉侵害については、謝罪広告など名誉回復の手段が認められる。また、騒音公害など、予防的措置が可能であれば、差し止め請求が、明文はないが認められている。

1-4) 事例研究
1-4-1) 事案

Xが目を離したすきに、子A(3歳)が交通量の多い道路に飛び出した。Xは、車が来ていることを確認せず、Aを連れ戻そうとした。しかし、間に合わず、AはYが運転する車にはねられて、即死した。Xも頭部打撲のけがを負った。このけがは、通常であれば、1ヶ月の通院で治癒する程度のものであった。しかし、Xは過去に脳をわずらっており、脳内の損傷によって、入院は3ヶ月に及んだ。事故は、Yの脇見運転によっておきた。Xは、Yにいかなる請求ができるか。

1-4-2) 答案例

1(1)ア X→Y; 入院費・治療費の損害賠償請求(709)

   イ X→Y; 子の死亡による慰謝料請求(710、711)

 (2)ア 車を確認せず道路に出た「過失」 → 過失相殺(722U)

   イ 入院費は、Xの脳内の損傷 → 過失相殺されるか

       (思うに) 損害の公平な分担という趣旨

        → 被害者の素因により損害拡大

          → 斟酌しないのは不公平

       (したがって) 減額(722U類推)

2(1) Xは、Aの損害賠償請求権を相続したとして行使

  ア  即死の場合、死亡の瞬間に権利主体でなくなっている

        → 損害賠償請求権は発生していないのでは?

  イ  慰謝料請求権は一身専属的 → 相続できないのでは?

 (2) ア Aに飛び出しの「過失」 → 過失相殺(722U)

     過失相殺をするにはいかなる能力が必要か ⇒ 事理弁識能力

       (本問) 3歳、事理弁識能力なく、過失相殺できない

   イ Aを監督すべきXが目を離した → 過失相殺されるか

    Xが「被害者」でないことから問題

      (思うに) 身分上生活関係上一体といえる者の過失

           → 損害算定上考慮することは、損害の公平な分担

2 契約法

2-1) 契約の概念

契約という概念は、民法第3編「債権」のなかの、第2章「契約」のなかで登場する。521条から545条までが、契約総論といわれる部分で、そのあとに、贈与、売買、交換、消費貸借、使用貸借、賃貸借など、代表的な契約類型について規定している。膨大な内容をもっている部分なので、ここでは、売買についてのみ、のべる。

2-2) 売買の成立

勘違いをする人がいるところであるが、売買契約の成立に契約書は不要である。「売りましょう」、「買いましょう」という、意思の合致があれば、その時点で売買は成立する。条文上は、次のようになっている。


555条 売買は、当事者の一方がある財産権を相手方に移転することを約し、相手方がこれに対してその代金を支払うことを約することによって、その効力を生ずる。


555条では、一方が物を渡すと約束し、他方が代金を払うと約束する、とだけ書いてある。契約の成立を証明する書面などは、必要とされていない。これは、何億円の商品でも同じである。

2-3) 売買の効果

売買が成立すると、当事者は、売買という契約の効力に拘束される。これが、売買の効果である。

たとえば、AさんがB店から車を100万円で買った。Aは、Bに対して、車を渡せという債権をもつ。同時に、Bは、Aに対して、100万円を払えという債権をもつ。このことを逆にいうこともする。Bは、引き渡す債務を負い、Aは支払いの債務を負う。

相手が債務を履行しない場合、自分で殴り込みに行くことは許されない。私的救済の禁止の原則があるからである。その代わりに、裁判所に訴え、判決を受け、これを執行裁判所にもっていき、執行官の手によって実現する。実は、この手続きは大変な作業である。時間も費用もかかる。相手がすでに破産していれば、強制執行しても、一円も回収できない。勝訴することがわかっていても、裁判という手続きを使わず、やくざによる違法な取立手段を使ったりする背景は、こうした司法制度の実効性の乏しさにもある。

2-4) 契約自由の原則

契約が成立すると、契約の拘束力にしばられる、といった。なぜ、拘束されるのか。

その根拠が、「契約自由の原則(私的自治の原則ともいう)」である。この原則には、@契約締結の自由、A相手方選択の自由、B内容形成の自由、C方式の自由という消極的側面と、契約の有効性を国家によって承認・実現してもらうことができるという積極的側面があるという。

要するに、契約するもしないも、どんな契約にするかも、すべて自分で決めたことなのだから、守るのは当然である、という理屈である。