知的財産権入門 レジュメ

§ 憲法 1 −表現の自由−

0 はじめに

0-1) 法的思考方法

知的財産権といっても、そのとらえ方は様々に可能である。社会学的にとらえることも、政治学や政策論としてとらえることもできよう。しかし、ここでは、あくまで法律解釈を学習の枠組としたい。さて、そうなると、知的財産法の中身に入る前に、法解釈の思考方法を身につけてもらわなくてはならない。最初に、法学概論的な話をしておこう。

0-2) 法的三段論法

法律は、基本的に、要件と効果の組み合わせで規定されている。つまり、英語でいう「もし〜ならば(IF)」、「(THEN)〜となる」という構造である。

ところで、法律は、哲学や詩などと異なり、概念操作や朗読で楽しむものではなく、具体的なトラブルを解決するためのモノである。このため、学問的にも、法学は、人文学(代表的なのは、文学)ではなく、社会科学(法学や経済学)に分類されている。

では、具体的事件を、法律によって、どのように解決するのであろうか。

このときに使われるのが、法的三段論法である。

1 表現の自由

1-1) 条文

「集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。」

これが憲法21条1項に書かれている、表現の自由の根拠条文である。

1-2) 表現の自由の意義

表現の自由には、個人の人格形成に資するという自己実現の価値と、民主政の実現に資するという自己統治の価値、という二つの価値があるといわれる(芦辺説)。そして、いったん自己統治の価値が害されると、民主政の過程を通じて回復をはかることが困難となる。そこで、重要な意義を有する人権とされるのである。

すなわち、やりたいことをやる、というような、個人の内面的な充足感をみたすという個人的な意義も、人権として保護される。しかし、個人的な意義だけで、人権という大きな保護をする理由にはなりにくい。そこで、民主主義という、我々の社会を動かしていく基幹的な制度を守るために必要不可欠なのだ、という論理をとるのである。

1-3) 表現の自由を制限する法理

表現の自由という人権の意義はわかったが、保護される程度は、いかなるものであろうか。

この点、一般の人は、人権の重要性を強調するあまり、自分の主張する人権が絶対的に保護されると勘違いに容易に陥る。

しかし、たとえば、もっとも重要な人権である我々の生命(13条に明文で規定されている)すら、この日本国のなかでは、絶対無制限に保護されてはいないことは、国家による殺人である死刑が適法とされていることから明らかである。

人権の重要性は強調されるべきであるが、人権の保護は絶対無制限ではなく、制限されうるものだという認識が判例・通説である。そして、人権を制限しうる論理について、様々な法解釈がなされている。人権が絶対無制限に保護される、という見解をとる者はないが、この人権制限の論理や具体的な解釈に、多くの議論が集まることになる。

2 事例−1 ビラ貼りと表現の自由 (最判昭45年6月17日)

2-0) 前提となる条文

憲法 21条1項
「集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。」

憲法 31条
「何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。」

軽犯罪法 1条 33号
「左の各号の一に該当する者は、これを拘留又は科料に処する。」
「みだりに他人の家屋その他の工作物にはり札をし、若しくは他人の看板、禁札その他の標示物を取り除き、又はこれらの工作物若しくは標示物を汚した者」

2-1) 事実の概要

「被告人両名は共謀のうえ、いずれも県道上に敷設された、A電力株式会社の所有にかかりB興業株式会社一宮営業所長の管理する稲沢幹線61号電柱ほか10本、および日本電信電話公社の所有にかかりC共済会東海支部電柱広告課長の管理する電柱12本、ならびにD農業協同組合組合長の管理する電柱14本に、それぞれ電柱の所有者または管理者の承諾を得ず、正当な事由がないのに、「第10回原水爆禁止世界大会を成功させよう、愛知原水協」などと印刷したビラ(縦54cm、横19.5cmの紙)合計84枚を、糊を使用して裏面が全面的に密着する方法ではりつけたというのであり、右所為に対し刑法60条、軽犯罪法1条33号前段等を適用し、被告人両名を各拘留10日に処しているのである。」

2-2) 弁護側主張

「論旨は、まず、原判決は、軽犯罪法1条33号前段は、結局公共の福祉を保持することを目的とするものであるから、右法条が憲法21条1項に違反するものということはできない旨判断しているが、軽犯罪法の右法条をこのように解釈すべきものとすれば、国民の表現の自由の正当な行使であり、かつ、労働者の正当な権利の行使である本件のごときビラはり行為も一律に禁止されることになるから、右法条は憲法21条1項に違反すると主張する。

2-3) 判旨

よつて、右論旨を検討すると、軽犯罪法1条33号前段は、主として他人の家屋その他の工作物に関する財産権、管理権を保護するために、みだりにこれらの物にはり札をする行為を規制の対象としているものと解すべきところ、たとい思想を外部に発表するための手段であつても、その手段が他人の財産権、管理権を不当に害するごときものは、もとより許されないところであるといわなければならない。したがつて、この程度の規制は、公共の福祉のため、表現の自由に対し許された必要かつ合理的な制限であつて、右法条を憲法21条1項に違反するものということはできず、右と同趣旨に出た原判決の判断は正当であつて、論旨は理由がない。

次に、論旨は、軽犯罪法1条33号前段は憲法31条に違反すると主張するが、右法条にいう「みだりに」とは、他人の家屋その他の工作物にはり札をするにつき、社会通念上正当な理由があると認められない場合を指称するものと解するのが相当であつて、所論のように、その文言があいまいであるとか、犯罪の構成要件が明確でないとは認められないから、所論違憲の主張は、その前提を欠き、採用することができない。

  

2-3) 検討

3 事例−2 立看板と表現の自由 (最判昭62年3月3日)

3-0) 条文

憲法21条1項

大分県屋外広告物条例(昭和39年大分県条例第71号)4条1項3号
「次の各号に掲げる物件に広告物を表示し、又は掲出物件を設置してはならない。
三 街路樹、路傍樹、都市の美観風致を維持するための樹木の保存に関する法律第二条第一項の規定により指定された保存樹及びその支柱」

大分県屋外広告物条例(昭和39年大分県条例第71号)33条1号
「次の各号のいずれかに該当する者は、30万円以下の罰金に処する。
一 第3条から第5条までの規定に違反して広告物又は掲出物件を表示し、又は設置した者」

3-1) 事実の概要

3-2) 判旨

3-2-1) 多数意見

憲法21条1項違反をいう点は、大分県屋外広告物条例は、屋外広告物法に基づいて制定されたもので、右法律と相俟つて、大分県における美観風致の維持及び公衆に対する危害防止の目的のために、屋外広告物の表示の場所・方法及び屋外広告物を掲出する物件の設置・維持について必要な規制をしているところ、国民の文化的生活の向上を目途とする憲法の下においては、都市の美観風致を維持することは、公共の福祉を保持する所以であり、右の程度の規制は、公共の福祉のため、表現の自由に対し許された必要かつ合理的な制限と解することができるから大分県屋外広告物条例で広告物の表示を禁止されている街路樹二本の各支柱に、A党の演説会開催の告知宣伝を内容とするいわゆるプラカード式ポスター各一枚を針金でくくりつけた被告人の本件所為につき、同条例33条1号、4条1項3号の各規定を適用してこれを処罰しても憲法21条1項に違反するものでないことは、前記各大法廷判例の趣旨に徴し明らかであつて、所論は理由がなく、その余は、事実誤認、単なる法令違反の主張であつて、適法な上告理由に当たらない。

3-2-2) 補足意見(伊藤正己)

二 本条例及びその基礎となつている屋外広告物法は、いずれも美観風致の維持と公衆に対する危害の防止とを目的として屋外広告物の規制を行つている。この目的が公共の福祉にかなうものであることはいうまでもない。そして、このうち公衆への危害の防止を目的とする規制が相当に広い範囲に及ぶことは当然である。政治的意見を表示する広告物がいかに憲法上重要な価値を含むものであつても、それが落下したり倒壊したりすることにより通行人に危害を及ぼすおそれのあるときに、その掲出を容認することはできず、むしろそれを除去することが関係当局の義務とされよう。これに反して、美観風致の維持という目的については、これと同様に考えることができない。何が美観風致にあたるかの判断には趣味的要素も含まれ、特定の者 の判断をもつて律することが適切でない場合も少なくなく、それだけに美観風致の維持という目的に適合するかどうかの判断には慎重さが要求ざれるといえる。しかしながら、現代の社会生活においては、、都市であると田園であるとをとわず、ある共通の通念が美観風致について存在することは否定できず、それを維持することの必要性は一般的に承認を受けているものということができ、したがつて抽象的に考える限り、美観風致の維持を法の規制の目的とすることが公共の福祉に適合すると考えるのは誤りではないと思われる。

当裁判所は、本条例と同種の大阪市の条例について、法廷意見も説示するように、国民の文化的生活の向上を目途どする憲法の下においては、、都市の美観風致を維持することは、公共の福祉を保持する所以であり、右条例の規定する程度の規制は、公共の福祉のため、表現の自由に対し許されだ必要かつ合理的な制限と解することができるとし、右大阪市の条例の定める禁止規定を違憲無効ということができないと判示しているが、これも、前記のような通念の存在を前提として、当該条例が法令違憲どいえない旨を明らかにしたものであり、その結論は是認するに足りよう。しかし、この判例の示す理由は比較的簡単であつて、その考え方について十分の論証がされているかどうかにういては疑いが残る。美観風致の維持が表現の自由に法的規制を加えることを正当化する目的として肯認できるとしても、このことは、その目的のためにとられている手段を当然に正当化するものでないことはいうまでもない。

正当な目的を達成するために法のとる手段もまた正当なものでなければならない。右の大法廷判例が当該条例の定める程度の規制が許されるとするのは、条例のとる手段もまた美観風致の維持のため必要かつ合理的なものとして正当化されると考えているとみられるが、その根拠は十分に示されていない。例えば、一枚の小さなビラを電柱に貼付する所為もまたそこで問題とされる大阪市の条例の規制を受けるものであつたが、このような所為に対し、美観風致の維持を理由に、罰金刑とはいえ刑事罰を科することが、どうして憲法的自由の抑制手段として許される程度をこえないものといえるかについて、判旨からうかがうことができないように思われる。

このように考えると、右の判例の結論を是認しうるとても、当該条例が憲法がらみて疑問の余地のないものということはできない。それが手段を含めて合憲であるというためには、さらにたちいつて検討を行う必要があると思われる。


三 そこで、本件で問題となつている本条例についてその採用する規制手段を考察してみると、次のような疑点を指摘することできる。

(1)本条例の規制の対象となる屋外広告物には、政治的な意見や情報を伝えるビラ、ポスター等が含まれることは明らかであるが、これらのものを公衆の眼にふれやすい場所、物件に掲出することは、極めて容易に意見や情報を他人に伝達する効果をあげうる方法であり、さらに街頭等におけるビラ配布のような方法に比して、永続的に広範囲の人に伝えるごとのできる点では有効性にまさり、かつそのための費用が低廉であつて、とくに経済的に恵まれない者にとつて簡便で効果的な表現伝達方法であるといわなければならない。このことは、商業広告のような営利的な情報の伝達についてもいえることであるが、とくに思想や意見の表示のような表現の自由の核心をなす表現についてそういえる。簡便で有効なだけに、これらを放置するときには、美観風致を害する情況を生じやすいことはたしかである。しかし、このようなビラやポスターを貼付するに適当な場所や物件は、道路、公園等とは性格を異にするものではあるが、私のいうパブリツク・フオーラムたる性質を帯びるものともいうことができる。そうとすれば、とくに思想や意見にかかわる表現の規制となるときには、美観風致の維持という公共の福祉に適合する目的をもつ規制であるというのみで、たやすく合憲であると判断するのは速断にすぎるものと思われる。

(2) 思想や意見の伝達の自由の側面からみると、本条例の合憲性について検討を要する問題は少なくない。人権とくに表現の自由のように優越的地位を占める自由権の制約は、規制目的に照らして必要最少限度をこえるべきではないと解されており、原判決もこの原則を是認しつつ、本条例が街路樹等の「支柱」をも広告物掲出の禁止対象物件にしていることには合理的根拠のあること、それが広告物掲出可能な物件のすべてを禁止対象にとりこみ、屋外広告物の掲出を実質上全面禁止とするに等しい状態においているとすることができないこと、行政的対応のみでは禁止目的を達成できないことなどをあげて、本条例が必要最少限度の原則に反するものではないと判示している。しかし、右のような理由をもつて本条例のとる手段が規制目的からみて必要最少限度をこえないものど断定しうるであろうか。「支柱」もまた掲出禁止物件とされることを明示した条例は少ないが、支柱も街路樹に付随するものとして、これを含めることは不当とはいえないかもしれない。しかし例えば、「電柱」類はかなりの数の条例では掲出禁止物件から除かれているところ、規制に地域差のあることを考慮しても、それらの条例は、最少限度の必要性をみたしていないとみるのであろうか。あるいは、大分県の特殊性がそれを必要としていると考えられるのであろうか。また、行政的対応と並んで、刑事罰を適用することが禁止目的の達成に有効であることはたしかであるが、刑事罰による抑制は極めて謙抑であるべきであると考えられるから、行政的対応のみでは目的達成が可能とはいえず、刑事罰をもつて規制することが有効であるからこれを併用することも必要最少限度をこえないとするのは、いささか速断にすぎよう。表現の自由の刑事罰による制約に対しては、その保護すべき法益に照らし、いつそう慎重な配慮が望まれよう。

(3) 本条例の定める一定の場所や物件が広告物掲出の禁止対象とされているとしても、これらの広告物の内容を適法に伝達する方法が他に広く存在するときは、憲法上の疑義は少なくなり、美観風致の維持という公共の福祉のためある程度の規制を行うことが許容されると解されるから、この点も検討に値する。街頭におけるビラの配布や演説その他の広報活動などは、同じ内容を伝える方法として用いられるが、これらは、広告物の掲出とは性質を異にするところがあり一応別としても、公共の掲示場が十分に用意されていおり、禁止される場所や物件が限定され“これ以外に貼付できる対象で公衆への伝達に適するものが広く存在しているときには、本条例の定める規制も違憲とはいえない之思われる。しかし、本件においてこれらの点は明らかにされるところではない。また、所有者の同意を得て私有の家屋や塀などを掲出場所として利用することは可能である。しかし、一般的に所有者の同意を得ることの難易は測定しがたいところであるし、表現の自由の保障がとくに社会一般の共感を得ていない思想を表現することの確保に重要な意味をもつことを考えるとこのような表現にとつて、所有者の同意を得ることは必ずしも容易ではないと考えられるのであり、私有の場所や物件の利用可能なことを過大に評価することはできないと思われる。


四 以上のように考えてくると、本条例は、表現の自由、とくに思想、政治的意見や情報の伝達の観点からみるとき、憲法上の疑義を免れることはできないであろう。しかしながら、私は、このような疑点にもかかわらず、本条例が法令として違憲無効であると判断すべきではないと考えている。したがつて、大阪市の条例の違憲性を否定した大法廷判例は、変更の必要をみないと解している。本条例の目的とするところは、美観風致の維持と公衆への危害の防止であつて、表現の内容はその関知するところではなく、広告物が政治的表現であると、営利的表現であると、その他いかなる表現であるとを問わず、その目的からみて規制を必要とする場合に、一定の抑制を加えるものである。もし本条例が思想や政治的な意見情報の伝達にかかる表現の内容を主たる規制対象とするものであれば、憲法上厳格な基準によつて審査され、すでにあげた疑問を解消することができないが、本条例は、表現の内容と全くかかわりなしに、美観風致の維持等の目的から屋外広告物の掲出の場所や方法について一般的に規制しているものである。この場合に右と同じ厳格な基準を適用することは必ずしも相当ではない。そしてわが国の実情、とくに都市において著しく乱雑な広告物の掲出のおそれのあることからみて、表現の内容を顧慮することなく、美観風致の維持という観点から一定限度の規制を行うことは、これを容認せざるをえないと思われる。もとより、表現の内容と無関係に一律に表現の場所、方法、態様などを規制することが、たとえ思想や意見の表現の抑制を目的としなくても、実際上主としてそれらの表現の抑制の効果をもつこともありうる。そこで、これらの法令は思想や政治的意見の表示に適用されるときには違憲となるという部分違憲の考え方や、もともとそれはこのような表示を含む広告物には適用されないと解釈した上でそれを合憲と判断する限定解釈の考え方も主張されえよう。しかし、美観風致の維持を目的とする本条例について、右のような広告物の内容によつて区別をして合憲性を判断することは必ずしも適切ではないし、具体的にその区別が困難であることも少なくない。以上のように考えると、本条例は、その規制の範囲がやや広きに失するうらみはあるが、違憲を理由にそれを無効の法令と断定ずることは相当ではないと思われる。


五 しかしながら、すでにのべたいくつかの疑問点のあることは、当然に、本条例の適用にあたつては憲法の趣旨に即して慎重な態度をとるべきことを要求するものであり、場合によつては適用違憲の事態を生ずることをみのがしてはならない。本条例36条(屋外広告物法15条も同じである。)は、「この条例の適用にあたつては、国民の政治活動の自由その他国民の基本的人権を不当に侵害しないように留意しなければならない。」と規定している。この規定は、運用面における注意規定であつて、論旨のように、この規定にもとづいて公訴棄却又は免訴を主張することは失当であるが、本条例も適用違憲とされる場合のあることを示唆しているものといつてよい。したがつて、それぞれの事案の具体的な事情に照らし、、広告物の貼付されている場所がどのような性質をもつものであるか、周囲がどのような状況であるか、貼付された広告物の数量・形状や、掲出のしかた等を総合的に考慮し、その地域の美観風致の侵害の程度と掲出された広告物にあらわれた表現のもつ価値とを比較衡量した結果、表現の価値の有する利益が美観風致の維持の利益に優越すると判断されるときに、本条例の定める刑事罰を科することは、適用において違憲となるのを免れないというべきである。

原判決は、その認定した事実関係の下においでは、本条例33条1号、4条1項3号を本件に適用することが違憲であると解することができないと判示するが、いかなる利益較量を行つてその結論を得たかを明確に示しておらず、むしろ、原審の認定した事実関係をみると、すでにのべたような観点に立つた較量が行われたあとをうかがうことはできず、本条例は法令として違憲無効ではないことから、直ちにその構成要件に該当する行為にそれを適用しても違憲の問題を生ずることなく、その行為の可罰性は否定されないとしているように解される。このように適用違憲の点に十分の考慮が払われていない原判決には、その結論に至る論証の過程において理由不備があるといわざるをえない。

しかしながら、本件において、被告人は、政党の演説会開催の告知宣伝を内容とするポスター二枚を掲出したものであるが、記録によると、本件ポスターの掲出された場所は、大分市a商店街の中心にある街路樹(その支柱も街路樹に付随するものとしてこれと同視してよいであろう。)であり、街の景観の一部を構成していて、美観風致の維持の観点から要保護性の強い物件であること、本件ポスターは、縦約60cm、横約42cmのポスターをベニヤ板に貼付して角材に釘付けしたいわゆるプラカード式ポスターであつて、それが掲出されだ街路樹に比べて不釣合いに大きくて人目につきやすく、周囲の環境と調和し難いものであること、本件現場付近の街路樹には同一のポスターが数多く掲出されているが、被告人の本件所為はその一環としてなされたものであることが認められ、以上の事実関係の下においては、前述のような考慮を払つたとしても、被告人の本件所為の可罰性を認めた原判決の結論は是認できないものではない。したがつて、本件の上告棄却の結論はやむをえないものと思われる。