知的財産権入門 レジュメ

§ 刑法 −刑法総論−

0 はじめに

法律の勉強という意味でいうと、刑法は他の法律に比べてイメージはしやすい。条文は、ひたすら○○という犯罪を犯したら、××という刑を受ける、という構造の繰り返しである。殺人、どろぼう、わいろ、強姦など、犯罪類型も日常的に耳にしていることも、イメージのしやすさを助けているだろう。

しかし、実際に勉強をしてみると、実に難解なのが、この刑法である。とくに、刑法総論とよばれるジャンルは、理解をする上では大きな山となる。なぜ、それほどまで難解なのであろうか。

単純な答えはない。ひとつには、歴史において、人間が権力による恣意的な刑罰権の行使に苦しめられてきた背景があろう。ときの権力が、自己に反対する勢力を抹殺するために、治安維持という名目で、刑罰権を濫用してきた状況は、21世紀でも変わることがない。独裁国家ならいざしらず、人権の保護を最大の目的とし、権力を法でしばる立憲主義を採用している、民主国家では、国家が人に対して刑罰を与える、という厳粛な行為に対して、慎重にも慎重を期す必要がある。

さらには、かかる厳粛な権力行使に対して、理性による論理的なつめをすることによって、刑罰権の行使を可能な限り正当化しようということであろう。このため、刑法の条文には書いていないが、論理的な構成を行うための多様な理論が研究されてきた。これらの理論の理解が求められる点が、目に見える難解さの理由であろう。

1 刑法の理論構成

19世紀のドイツで、刑法の理論を構成する出発点に関して、異なる立場が現れた。

1-1) 旧派

旧派の刑法理論は、刑罰を応報という側面におく。

人間は、自由に意思決定ができる、という前提にたつ。とすれば、犯罪を犯すという意思を決定した以上、その人には責任を取ってもらわなければならない。すなわち、刑罰は、自分の意思で行った犯罪行為に対する、応報なのである。そして、刑罰による威嚇によって、社会の安全は守られる。

しかし、犯罪者に復讐をしても、失われた価値は回復されないし、刑罰による威嚇によって、犯罪は防止できない、と批判される。

1-2) 新派

新派の刑法理論は、刑法の目的を社会防衛におく。

新派は、人間が常に自由に意思決定をすることはできない、と考える。資本主義の発展によって、社会には貧困があり、精神障害によって犯罪的素因を有する人間もいる。その人が悪いのではなく、社会が悪い。ただ、社会の安全を守るために、犯罪者は隔離され、可能な限り再教育されなければならない。刑罰は、教育だとする。

しかし、犯罪行為ではなく、人間の内心を罰することになり、罪刑法定主義に反する危険な権力行使に結びつく、と批判されている。

2 犯罪の成立要件

2-1) 犯罪成立要件

20世紀のはじめ、ドイツのベーリングが、犯罪を、「構成要件に該当し・違法・有責な行為」と定義した。その後の刑法は、この三分説をもとに作られている。その結果、犯罪が成立するためには、@構成要件に該当し、A行為が違法なもの(正当化されない行為)であり、B行為者に責任を問える、という三つの要件が必要となる。

2-2) 構成要件(Tatbestand)該当性

構成要件とは、法において、違法・有責な犯罪を類型化したものをいう。

構成要件該当性の有無を判断するには、客観面と主観面の二つの側面から検討しなければならない。

2-2-1) 客観的構成要件要素

客観的構成要件要素とは、第三者が、外見によって認めうる構成要件要素をいう。

客観的構成要件に該当するためには、少なくとも三つの要件が必要となる。すなわち、@行為、A結果、B因果関係である。

2-2-1-1) 実行行為

まず、実行行為がなければ、結果が生じたとしても犯罪とはならない。そして、結果発生に向けたあらゆる行為が実行行為になるのではなく、社会通念から実行行為と判断されうるものでなければならない。

たとえば、森で雷に打たれて死ねばよいと思って、「森に行け」と命令したとしても、この命令は社会通念上、結果を発生させるに足る危険性がないとして、実行行為性が否定される。

また、実行行為性の有無に関する論点として、「不作為犯」がある。次のような事例である。

【事例】 「甲は、子供が川でおぼれているのを見つけた。しかし、助けようとしなかったところ、子供はおぼれて死亡した。」

上の事例の場合、甲は殺人という結果を生じさせる積極的な行為をせず、何もしなかっただけである。しかし、かかる場合も、甲が子供が死ねばよい、と思って、助けることができるのに、あえて見殺しにしたような場合、不作為の実行行為性が認められる。ただ、不作為犯の認定は厳格であり、たとえば、甲が泳げないなど救助の容易性・可能性がない場合、子供が他人の子供だと誤認した、保護義務の錯誤の場合などは、実行行為性がないとされる。

2-2-1-2) 結果

次に、「結果犯」という類型では、結果の発生が要求される。刑法は、発生した結果を罰するのであり、行為を罰するのではないのが原則である。

もっとも、例外として、結果が発生しなくとも犯罪が成立する「挙動犯」という類型がある。殺人未遂などの未遂犯や、行為の存在だけで犯罪が成立する暴行罪・住居侵入罪などである。これらは例外であり、条文に明記されていなければ犯罪とはならない。

2-2-1-3) 因果関係 → 相当因果関係

実行行為があり、結果が生じたとしても、その結果が当該行為とは無関係に生じたものであれば、犯罪とはならない。すなわち、当該行為がなかったら結果は生じなかった、という因果関係の存在が犯罪の成立に必要となる。

一般に、「あれなければ、これなし」(sine qua non)という条件関係の公式で表現される。ただ、条件関係の公式のみで判断すれば、因果関係は無限に拡がりうる。これでは、憲法の自由保障が全うできない。そのため、因果関係を相当性という枠で制限するのが通説である。これを相当因果関係説という。

ところで、因果関係の判断は、刑法総論の有名な難所であり、単純ではない。

いくつかの事例を検討してみよう。

因果関係の存否を、理由とともに判断せよ。
1 甲を殺そうとXとYは、それぞれ甲の酒に致死量の毒を入れて死亡させた。XYに意思疎通はない。XとYの罪責?(択一的競合)

2 甲を殺そうとXとYは、それぞれ甲の酒に致死量に満たない同じ毒を入れた。両者の毒が合わせて致死量に達したので、甲は死亡した。XYに意思疎通はない。XとYの罪責?(重畳的因果関係)
2-2-2) 主観的構成要件要素

行為、結果、因果関係があったとしても、その客観面が行為者の意図したものでなければ、犯罪とはならない。行為者の内心を判断するために、主観的構成要件要素、すなわち、故意犯の場合は故意、過失犯の場合は過失が必要となる。

@ 構成要件的故意; 客観的構成要件要素に該当する事実の認識・認容が必要となる。いわば、分かっててやったという内心の状況が必要である。

A 構成要件的過失; 過失により、客観的構成要件要素に該当する事実を認識・認容できなかったことが必要となる。

2-3) 違法性・正当化事由

はじめに、犯罪成立要件として三要件をあげたが、法規に規定された構成要件に該当する場合、違法性・有責性の存在が推定される。なぜなら、構成要件が、違法で有責な行為をカタログにしたものだからである。

しかし、構成要件に該当しても、行為が正当とされる場合がある。

違法性の要件では、思考の順序としては、違法性の存在ではなく、違法性阻却事由の存在または、正当化事由の存在の有無を判断することになる。

具体的な違法性阻却事由としては、条文化されている「正当防衛」、「緊急避難」、「正当行為」のほか、可罰的違法性の理論、超法規的違法性阻却事由などがある。

2-4) 責任、有責性

刑法は、行為者が非難できない人間の場合、犯罪を成立させない。責任を負えない者に、責任を問うのは無意味だと考えるのである。この判断でも、責任の存在ではなく、責任阻却事由の存在の有無を判断することになる。

具体的な責任阻却事由としては、39条の心神喪失・心神耗弱や、違法性の錯誤(やってはいけない行為を、やってもいいと勘違いした)などがある。

また、正当防衛は違法性阻却事由であるが、正当防衛状況が客観的には存在しなかったという、誤想防衛の場合、責任阻却事由だと考える。つまり、主観面と客観面がずれたという、事実の錯誤として扱い、責任段階での故意が欠けるとして、故意犯不成立と処理する。

3 事例−1 誤想過剰防衛 (最決昭62.3.26)

3-1) 事実の概要

空手三段の腕前を有する被告人は、夜間帰宅途中の路上で、酩酊したAとこれをなだめていたBとが揉み合ううち同女が倉庫の鉄製シヤツターにぶつかつて尻もちをついたのを目撃して、BがAに暴行を加えているものと誤解し、同女を助けるべく両者の間に割つて入つた上、同女を助け起こそうとし、次いでBの方を振り向き両手を差し出して同人の方に近づいたところ、同人がこれを見て防御するため手を握つて胸の前辺りにあげたのをボクシングのファイティング・ポーズのような姿勢をとり自分に殴りかかつてくるものと誤信し、自己及び同女の身体を防衛しようと考え、とつさにBの顔面付近に当てるべく空手技である回し蹴りをして、左足を同人の右顔面付近に当て、同人を路上に転倒きせて頭蓋骨骨折等の傷害を負わせ、八日後に右傷害による脳硬膜外出血及び脳挫滅により死亡させた。

3-2) 判旨

右事実関係のももとにおいて、本件回し蹴り行為は、被告人が誤信した播による急迫不正の侵害に対する防衛手段として相当性を逸脱していることが明らかであるとし、被告人の所為について傷害致死罪が成立し、いわゆる誤想過剰防衛に当たるとして刑法36条2項により刑を減軽した原判断は、正当である

3-3) 検討

誤想防衛と過剰防衛が組み合わさった、誤想過剰防衛の有名な判例である。

まず、基本型である正当防衛を考えてみる。

36条1項は、「急迫不正の侵害に対して、自己または他人の権利を防衛するため、やむを得ずにした行為は、罰しない。」として、正当防衛を規定する。

そして、同条2項は、「防衛の程度を超えた行為は、情状により、その刑を減軽し、股は免除することができる。」として、過剰防衛を規定する。

正当防衛が成立するための要件としては、客観面として@「急迫不正の侵害」の存在、A防衛行為の相当性、B「やむを得ずにした」行為(補充性)が必要であり、主観面として「防衛するため」(防衛の意思)が通説では要求される。

この事案の場合、客観的には「急迫不正の侵害」がなかったのに、行為者があると誤信している。それだけであれば、事実の錯誤として扱われ、犯罪不成立となる。理論的には、事実の錯誤におちいたために、反対動機を形成することができなかった以上、道義的非難を向けることができず、責任故意を阻却する。事実、第一審では、誤想防衛として無罪となっている。

しかし、この事案では、別の要素が加わっている。要素としては、被告人が空手の有段者であること、口頭でいさめたりすることなく(勘違いを避けることができた)、いきなり行為に及んだこと、有段者であれば相手の気勢をそぐだけですませられるはずなのに、頭部を蹴っていること、有段者であれば、自分の回し蹴りが通常以上に危険であることを認識していること、などがある。

以上のことから、当該行為は、防衛行為としての相当性を欠くと認定され、傷害致死罪が成立し、36条2項が適用され、刑が減軽された。