創作のための物語学・神話学 - 旧約聖書

1 旧約聖書とは

そもそも、旧約聖書とは何か

旧約聖書は、ユダヤ教の信者にとって、信仰のよりどころとなる重要な文書である。ここに書かれていることをすべて事実だと信じる、原理主義者も世界中にいる。

しかし、このような立場を私はとらない。

むしろ、私は、旧約聖書を歴史的事実の記録ではなく、物語という形式をとった生活訓集であり、民族のアイデンティティーを維持するための資料集と位置づける。こうした立場は、キリスト教学者の加藤隆氏の著書群に影響された。以下は、加藤説の要約である。

そして、加藤説によれば、旧約聖書は、「このようにせよ、あれはするな」という掟(律法)集であるが、掟を書いているのは人間であり、背景にある政治的な思惑が色濃く反映されていると推定する。具体的にいえば、旧約聖書におさめられたエピソード群は、統一的な物語ではなく、時間的にも地理的にもばらばらに伝承されてきたものである。そして、これを編集する際に、アッシリア帝国、ペルシア帝国、プトレマイオス朝など、各時代の支配者側からの意図が混入しているというのである。

2 旧約聖書の構成

構成

旧約聖書は、39の部分から構成される。これら39の文書は、正典とよばれる。また、正典に含まれない文書は、「外典」とよばれる。39に何が含まれるかは、教団によって違いがある。

ヘブライ語の聖書では、39の文書は、大きく三部構成になっている。これに対して、その後に編纂された「七十人訳聖書」という、ギリシア語訳の聖書(B.C. 2~3世紀)では、四部構成となっている。以下、ヘブライ語聖書の構成を記す。

1) トーラー( תורה‎, 律法、モーセ五書)

創世記、出エジプト記、レビ記、民数記、申命記

2) ネビイーム(預言者)

前編 ヨシュア記、士師記、サムエル記(上下)、列王記(上下)

後編 三大予言書(イザヤ書、エレミヤ書、エゼキエル書)

   十二小預言書(ホセア書、ヨエル書、アモス書、オバデヤ書、ヨナ書、ミカ書、ナホム書、ハバクク書、ゼファニヤ書、ハガイ書、ゼカリヤ書、マラキ書)

3) ケトゥビーム(諸書)

詩編、箴言、ヨブ記、雅歌、ルツ記、哀歌、伝道の書(コヘレトの言葉)、エステル記、ダニエル書、エズラ記、ネヘミヤ記、歴代誌(上下)

★ 外典(続編、アポクリファ、39の正典から除外された文書)

第一マカバイ記、第二マカバイ記、エスドラス書(エズラ記)Ⅰ

エステル記への付加、ダニエル書補遺(アザルヤの祈り、スザンナ、ベルと龍)、トビト記、ユディト記

バルク書、エレミヤの手紙、マナセの祈り

エスドラス書(エズラ記)Ⅱ

シラ書、知恵の書

3 旧約聖書の成立経緯

3-1) 成立の経緯

旧約聖書を一言でいえば、ユダヤ民族の起源を、神との関係という視点に立って、歴史的な形式で記した物語である。もっとも、現代的な意味での歴史ではなく、古代人の価値意識に基づいている点で、神話というジャンルに属している。

旧約聖書は、「律法」・「予言者」・「諸書」という3つの部分に、39個(ちなみに、新約聖書は27個)の文書がおさめられた文書集という体裁をとる。実際に手にとって見れば、非常に分厚い本である。

では、こうした大部の文書集が、どのようにできたのであろうか。

3-2) 四資料説

旧約聖書は、一時期に誰かが書き上げたものではなく、長い期間のなかで、編集されたと考えられている。

紀元前5~4世紀に、第一部の「律法(モーセ五書ともいう)」が成立したとされるが、モーセ五書が成立する前に、個別の物語は存在していた。いくつかはすでに文書の形をとり、口伝のものもあった。そして、モーセ五書の著者は、すでに存在していた文書群(資料)を取捨選択して、編集したと推定されている。すでに存在していた文書について、主要な資料が4つ存在したとされる(四資料説。括弧のなかの英字は、学問上の略称)。

① ヤーヴェ資料 (J資料、B.C.10~9C)

② エロヒム資料 (E資料、B.C.8C)

③ 申命記資料  (D資料、B.C.7C)

④ 祭司資料   (P資料、B.C.6C)

そして、こうした資料がひとつの物語のなかに混在している。そのため、全体として整合性の欠ける物語となり、論理的に見れば、矛盾も含んでいる。

たとえば、女の創造についての「エデンの園」のエピソードをとりあげる。よく知られている、創世記2:21,22の記述である。

「人が眠り込むと、あばら骨の一部を抜き取り、その跡を肉でふさがれた。そして、人から抜き取ったあばら骨で女を造り上げられた」

しかし、同じ創世記の1:27は、次のようにいう。

「神はご自分にかたどって人を創造された。神にかたどって創造された。男と女に創造された」

2章によれば、女は、男のあばら骨からはじめて現れたはずである。しかし、1章では、第六日に、すでに女は存在している。双方は矛盾していることになる。

これは、2章は①ヤーヴェ資料にもとづき、1章は④祭司資料にもとづいており、双方の伝承をどちらも残すという選択を編者がしたためであると説明される。こうした経緯をもつために、旧約聖書はひとつの統一した物語として理解しようとすると、意味がよくわからない箇所にあたることになる。

3-3) 誰が著者か

では、誰がこうした編集作業をしたのであろうか。

旧約聖書のなかで、最初に成立したのは、「律法(モーセ五書)」である。これは、アケメネス朝ペルシアの支配下で、エズラの指導によって作られた。エズラは、ペルシア官僚であるが、ユダヤ人である。

この先は、純粋に加藤説になるが、ペルシアは広大な帝国に発展し、統治対象となる民族も多様となった。そして、統治のテクニックとして、各民族の伝統や宗教の存続を認めた。ただ、何をしているのか不明では統治しにくいので、生活を律する中心となる文書をまとめさせた。重要なことは、これを支配側のペルシアが一方的に作るのではなく、支配されるユダヤ人の側に作らせたことである。こうした経緯から、ユダヤ人が提出した文書たる「律法」は、ペルシアという支配権力によって、権威を付与されることになったのである。

その後、このように成立した第一部に、第二部と第三部が徐々に加えられていった。そして、ユダヤ人とローマとの戦争の後、紀元後1世紀後半に、39文書が聖書の内容だということが、ヤムニアという村で決められ、最終形ができた。

4 旧約聖書の内容

では、具体的に、何が書かれているかについて、ユダヤ教の分類にそって、概観する。

非常の大ざっぱにまとめると、旧約聖書に書かれているのは、創造神話、古代イスラエルの歴史、ユダヤ教の戒律、エピソード化された教訓、詩歌、終末論である。

4-1) 律法

旧約聖書は、「創世記」という、天地創造、生命・人・民族の起源を説明する神話から始まる。次に、「出エジプト記」では、モーセを中心とする物語が書かれ、民族と国の起源が説明されている。これに続く、「民数記」、「レビ記」、「申命記」は、生活に関する規定集である。共同体の法律、食事のタブー、儀式の方法を、大変細々と規定している。律法の部は、「申命記」のモーセの死で、集結する。

4-2) 預言者

前編の、「ヨシュア記」、「士師記」、「サムエル記」、「列王記」は、古代イスラエルの歴史叙述である。モーセの後継者であるヨシュアにより、カナンへの移住が完了し、部族指導者(士師)による時代、ダビデ・ソロモンという王朝の時代が書かれている。

後編の三大予言書、十二小預言書では、王朝側からではなく、在野での宗教的指導者の言動が伝えられている。

4-3) 諸書

この編は、様々な性格の文書を含んでいる。

まず、イスラエル王国時代の詩歌集である、「詩編」、恋愛歌集の「雅歌」、エルサレム陥落と神殿破壊を嘆く「哀歌」である。

そして、教訓集である「箴言」、「ヨブ記」、「コヘレトの言葉」がある。

また、世界の終末思想を書く黙示文学が、「ダニエル書」である。

さらに、歴史記述として、「ルツ記」、「エステル記」、「エズラ記」、「ネヘミヤ記」、「歴代誌」(サムエル記・列王記と内容は重複)がある。